学校名
富山市立堀川中学校
所在地
〒939-8081富山県富山市
堀川小泉町一丁目21-15
平成18年度の記録ページです。
TEL:076-424-3646
FAX:076-424-3649

学校長より 2007.3.26更新



第24代校長
  平成15年4月〜平成19年3月






平成18年度
平成19年3月23日
平成19年3月23日
平成19年3月14日
平成19年1月9日
平成18年12月22日
平成18年8月29日
平成18年7月20日
平成18年4月7日
平成18年4月5日
平成17年度 平成18年3月24日
平成18年3月15日
平成18年1月10日
平成17年9月1日
平成17年7月20日
平成17年4月7日
平成17年4月5日
平成16年度
平成17年3月15日
平成17年1月11日
平成16年12月24日
平成16年9月1日
平成16年4月7日
平成16年4月5日
平成15年度
平成16年3月16日
平成15年4月8日

背景の写真は、立山の初冠雪の様子を屋上から撮影しました。

■□退任のあいさつより 平成19年3月23日(金)

 この3月で、私は定められた年「定年(停年)」を迎え、教員生活から離れることになります。(校長先生から普通のおじいさんへ)
  だからと言って、卒業式や修了式で「最後の日」を繰り返し強調したのではありません。
  ただ、人生を生きる時、様々にこの決められた日に出会わなければならないことは、皆さんも分かっていることと思います。
  例えば小学校の入学や卒業そして中学校入学等、これまでの生活の中で決められ定められた日によって、区切りを迎えたことを思い出して下さい。
  また、この最後の日をこれからの人生「最初の日」とも表しました。ここから、この二つの意味を合わせもつ言葉として、勤勉や努力を説く「日々新」(ひびあらた)(『大学』)が思い浮かびます。
  「苟(まこと)に日に新たに、日日に新たに、又た日に新たなり」、つまり「きょうの行ないはきのうよりも新しくよくなり、明日の行ないはきょうよりも新しくよくなるように修養に心がけねばならない。(古代中国)殷(いん)の湯王(とうおう)はこれを盤、すなわち洗面の器に彫りつけて毎日の自誡(じかい)の句とした。」(諸橋轍次著『中国古典名言事典』講談社学術文庫)と言う故事にも習う言葉です。
  区切りの日には、次につながる未来があります。
  この後皆さんは、もっと大きな節目に出会います。是非、将来を見通す目を「大きく」見開いて進んで下さい。
  もう一つ、私が皆さんにこの式辞等で伝えたかったのは、それぞれの「過去」が変わらないように、他の人を変えることが出来ないことです。友達や自分以外の人が変わるのは、その人自身の力です。
  ですから、他の人をアレコレ批評することなく、自分を変えるよう努力して下さい。自分が変われば、他の人も自ずから変わり新しい「世界」が開けます。
  私自身、学校から離れたこれからの生活がどんな世界かよく分かっていません。ワクワクもしそうですがよく見えてこない不安もあります。
  それに比べると、皆さんの場合はまだ見通すことが可能です。私(60歳)以上の可能性が皆さん(15歳)にはあります。
  是非良き友達や家族の人と一緒に、これからの新しい世界を力強く歩んで下さい。(頑張って下さい) 

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■□修了式式辞より 平成19年3月23日(金)

 先日の卒業式(2年生の皆さんは出席していますが)で私は、14日当日は卒業生にとって「中学校最後の日」という、ごく当たり前のことを話しました。また「これまでの人生、最後の日」とも付け加えました。
  卒業生に向けてのこの表しは、中学校での生活やこれまでの暮らしを変えることがかなわない「過去」として、受けとめて欲しかったからです。
  ですから、これまでの「したこと」は後悔せず、「しなかったこと」や「出来なかったこと」を確かめてもらいたい、との願いも込めました。
  このことは皆さんも同じで、今日の修了式の日は、1年生にとって1年最後の日。2年生も同様です。
  そして、この最後に当たる日は「これからの人生、最初の日」となることも強調しました。
  「今日」という日は、率直に「今」の自分を確かめ、出来ると信じたことをやり遂げるよう努力することが「可能となる」日です。
  これまで以上に、皆さん一人ひとりが主人公です。
  それぞれの「過去」を変えることが出来ないように、他の人を変えることは出来ませんが、これからの自分は変えられるということ。
  それは、今日からの「未来」を大きく変えることに繋がっていきます。是非、自分を信じて歩んで下さい。
  大きな事故に出会うことも無く、穏やかにまた晴れやかに迎えることのできた平成18年度「修了式」に感謝し、さらに、新しい気持ちで平成19年度4月始業式に臨むことを願い、皆さんのこれからの健闘を祈り(式辞とし)ます。

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■□第60回卒業式式辞より 平成19年3月14日(水)

 この富山の地が「雪国」であることを忘れてしまいそうになった冬を終え、木や草がますます生い茂ようとするこの佳き日。富山市立堀川中学校「第60回卒業式」が行えること、心から喜んでおります。
  ご来賓の皆様方には、ご多用の中「卒業生の門出」をお祝い頂き、誠に有り難うございます。
  確かに成長した卒業生の姿、これも一重に皆様方の日頃のご支援の賜と、心より感謝しております。本当に有り難うございます。
  315名の皆さん、「卒業」おめでとうございます。
  今、卒業証書をお渡しながら思い出していたのは、この堀川中学校で、私が最初に卒業を祝ったのが通称「黄」学年だったことです。その平成16年3月の卒業生で上級学校等へ進んだ方々は、今年平成19年は、高等学校を卒業という巡り合わせです。
  今年に入り、大学への進学が内定したとの嬉しい知らせをもって、幾人かの皆さんが職員室をたずねてくれました。懐かしさとその成長した姿に、改めて目を見張りました。またこの3月、各高等学校等の卒業式に出席された先生方からも、同様な感想を伺うことが出来ました。
  ですから、平成16年4月に入学した皆さんは、その「黄」学年を引き継いだカタチになりました。
  皆さんを始めて迎えた時、どのようなお願いをしたのか覚えているでしょうか。
  平成16年度入学式で話したのは、当時97歳でお元気だった大村はまさんの言葉です。
  「小学校は子どもの学校、‥中学校は‥大人になる学校」(大村はま/苅谷剛彦・夏子著『教えることの復権』ちくま新書)で、この「大人になる」中学校では、「大人になってやって悪いことはやめていかないと困るので」、その為にも、まず心懸けることは「一ぺんでものを聞いてほしい」ことでした。思い出しましたか。
  残念なことに、大村はまさんは平成17年4月、98歳で亡くなられましたが、皆さんはこの3年間「大人になる」よう努力してくれました。
  実は、皆さんの成長を知る資料があります。
  それは、皆さんが学校生活を振り返るために行った毎年1回の調査で、3年分の回答結果です。
  平成16年度から取り入れた「学校評価」で、生徒の皆さんは、15の項目に回答しました。
  その中の「クラスの人たちは、授業中に先生の話を聞いていますか」です。
  「よく聞いている」「だいたい」、「あまり」そして「ほとんど聞いていない」の4っつの選択肢を、それぞれ100、75、50、25で置き換え集計すると、1年生の時は74.8、2年生では73.6、そして3年生では77.7という数値になりました。
  2年生での落ち込みはありますが、3年では1年時74.8を上まわる77.7という値です。皆さんの成長がはっきり読み取れます。
  「聞く」ことに関連するもう一つの質問「授業中あなたが意見を発表したら、クラスの人は聞いてくれますか」では、1年時78.6、2年73.1、3年76.7で、その状況が伺えます。
  この様に、皆さんは身体だけでなく、心構えも確実に成長したことが分かります。
  この堀川中学校で、皆さんは、勉強や生徒会活動、そして色々な行事や部活動を通して「大人になる」努力を重ねましたが、今日のこの機会に「大人」像を確かめたいと思います。
  日頃、落ち着いた行動がとれる子供たちに「大人しいネ」の誉め言葉がある、そんな姿です。
  この「大人しい」から、まず「落ち着き」が必要です。
  それから、どんなことも他人のせいにしないで自分をふり返ることです。子どもの頃は、時に友達や大人のせいに仕勝ちでしたが、この3年間では自分で責任を取ろうとする言葉や行動がふえました。これは、友達や家族等を思いやる心に通じます。
  ここから、「付き合いやすい」感じが生まれ、友達の信頼感も増してきます。
  如何でしょう、実際の「大人」像が思い浮かびますか。
  この大人像は、今出来なくても良いので、これからが大切です。これまでの努力をそのままに続けて下さい。
  「大人」というのは、出来上がり決まった姿があるのでなく、成長させていくものです。ですから、何時もまだまだという「謙虚」さが必要です。
  皆さんが今回選んだ、就職、高校への進学自体が大人としての振る舞いの一歩です。
  これまでの小・中学校と違い高等学校等は、どうしても行かなければならない学校ではありません。皆さん自身の希望やこれからを確かめ、家族の人とも相談し決めた進路です。就職等は、文句なく「大人」として社会に踏み出す一歩です。
  「大人になろう」と、中学校で学んだ多くの体験を是非これからの生活に役立てて下さい。

 さて、保護者の皆様方にはお子様方のご卒業、誠におめでとうございます。義務教育を終えるに当たって、もっとも身近な相談相手となってお力添え頂いたこと有り難く感謝致します。
保護者の方々には、「大人」に成りつつある、それぞれのお子さん方の成長を十分に見つめて頂きました。
この3年の間には、子供に戻りそうな姿をただハラハラと見守るだけの時期もあったことと思います。しかし、今日の卒業生の姿は、それぞれに立派な大人の姿を見せてくれます。
この成長は、ひとえに、子供たちの良き相談相手になって頂いた、保護者の方々の温かな励ましや支えがあったからです。
これからも、これまで以上にお子様方の心の支えとなり、また人生の先輩としての「大人」の姿を、そのままにお示し下さるようお願いします。
ただ、先程紹介した学校評価・保護者用で、例えば「学校は、保護者・地域社会の願いに応えている」の回答では、1、2年と73.4の変わらない評価を頂きながら、3年では72.2と、十分ご期待に添えなかったことにも気付かせて頂きました。
しかしながら、この3年間、堀川中学校に注いで頂きましたご厚情には深く感謝しております。本当に有り難うございました。

 さあ、卒業生の皆さん「今日は、中学校最後の日」です。同時に「これまでの人生、最後の日」にもなります。
過去を変えることは出来ません。「したこと」は後悔せず、「しなかったこと」や出来なかったことを、もう一度見つめて下さい。
そして、「今日は、これからの人生最初の日」になることを確かめましょう。
今まで以上に、皆さん一人ひとりが主人公です。率直に「今日」のそして「今」の自分を見つめ直し、出来ると信じたことをやり遂げるよう努めて下さい。
これまでのそれぞれの「過去」を変えることができないように、他の人もたやすく変えることは出来ません。
ですが、これから大人になろうとする自分は変えることができます。それは、「未来」を変えることにもなります。
自分を信じて歩んで下さい。
皆さんの今後の一層の精進と健闘を心より祈り、式辞とします。

平成19年3月14日 富山市立堀川中学校長 山下善路

参照:山下景子著『美人の日本語』(幻冬舎)、なだいなだ著『NHKこころをよむ「こころ医者入門」』(NHKシリーズ'06.10)

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■□3学期始業式式辞より 平成19年1月9日(火)

  明けましておめでとうございます。
  この「明けましておめでとう」は、1月、正月の限られた挨拶になりますが、「明けまして」に続く「おめでとう」は、例えば先日の成人の日のおりには、「成人おめでとう」などにも使われたり、また「おめでとう」だけでも用いたりします。
  この「おめでとう」つまり「めでたし」の「め」に、見る「目」や草木の「芽」の漢字を当てることがありますが、本来は「愛で甚し」が変化したものです。
  愛でる=ほめる、ほめたたえることが甚だしい=はげしいという意味で、「喜び祝う気持ち」を表します。
  そして「明けましておめでとうございます」には、「今年もどうぞよろしく」という思いも込められていることに気付きます。
  ふだん何気なく使っている言葉も、少し大きめの辞書などを読み調べ、見つめ直すことで、より深く味わえ心も豊かになるように感じます。
  ぜひ挑戦して下さい。
  そして日常の言葉もそれを遣う心も "豊かな"平成19年、西暦2007年になることを願っています。
※参考「『日本語日めくり』読売新聞'07.1.4付」より

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■□2学期終業式式辞より 平成18年12月22日(金)

 お早うございます。
  平成18年、西暦2006年も終わろうとしています。
  言うまでもなく、1年を締め括る月は12月、「師走」とも言い表します。この「師」は、お坊さんを意味する俗説からとも聴いています。
  この頃は、教師、先生方も忙しそうに走り回ることから仲間に入っていますが、先生方は皆さんのために、12月に限らず1年中走り回っていらっしゃいますから、私自身、この「師走」は好みません。
  そんなことを思っていた所為でしょうか、最近次のような言葉に出会いました。「年満月」です。
  「さまざまな思いであなたの1年が満ちていく」月、12月です。
  皆さんにも、心に留めておいて欲しい言葉です。
  さて、この2学期は、堀川中学校も含めて、全ての中学校に全国の目が集まりました。
  「いじめ」に関わる出来事への注目です。
  ただ、この出来事の繰り返しの中で、確かに学んだことがあります。絶対に「いじめ」は許してはいけないことです。
  それは、私はいじめになんか絶対関わっていないと思い込むことでなく、もう一度、皆さんの周りの友達との関係に、「誤り」がないかの確かめが必要だということです。
  タレントの乙葉さんは次のように言います。
  「自分の行動や言葉に対して、注意しすぎるということはありません。友達を傷つけていないかどうか、もう一度考え直してみて下さい。」(『いじめている君へ』'06.12.15朝日新聞)
  また、生徒会冬休みスローガンも「人と人とのつながりを大切にし絆を広げよう」です。
  この冬休みは、家族の人とも話題にして見つめ直し、そして、穏やかな大晦日、元旦を迎えて下さい。
  心に曇りのない生活を、願っています。
※「年満月」については、山下景子著『美人の日本語』(幻冬社'05)参照

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■□2学期始業式式辞より 平成18年8月29日(火)

 夏の風物詩、(88)全国高校野球選手権大会は、37年ぶりの決勝再試合となり、その差1点での決着で閉じました。「暑い夏」を象徴する名勝負だったと振り返っています。
皆さんにも、これに劣らない貴重な「体験」があったことと思います。
さて、この7月の終業式。3年生には義務教育「最後の」夏休みを強調しましたが、私の場合、掛け値無しで最後の夏休みになりました。
皆さんに比べると、数え切れないくらいの夏休みを過ごしましたが、その中でも今年の夏は、心に響く「本」との出会いがありました。
  中学3年生の女の子の作品で、アルファベット表記のhanaeを改め「華恵」さん。書名は『本を読むわたしMy Book Report』(筑摩書房)。<此です。>
「My Book Report」と言う書名から分かるように、「大切な思い出は、必ず本と結びついている。」、「ずっと本と一緒だった。アメリカでも、日本に来てからも、一人のときも、いろんな人に出会ったときも。」(「あとがき」より)と。
作者自身の思い出の、アルバム代わりにもなる「本」の話が14編綴られます。4歳から14歳に出会った本です。
みんなの中にも、手に取った人がいるかも知れませんね。<挙手>
華恵さんのお父さんはアメリカ人、お母さんは日本人そしてお兄ちゃんがいます。お父さんとお母さんが離婚したので、お母さんと日本に帰り、今は東京での生活です。
アメリカ(英語)から、日本(日本語)での生活、そして「モデル」なんて。
すごく格好いいとも思える生活ですが、ここに登場するのは「これがわたしです」というメッセージを込めた女の子のお話です。
  「単に『うるさくて生意気なわたし』だと」(p.13)気づいたり、「自分が『ガイジン』と言われることも、それを意識することもほとんどなくなった小学5年生」(p.51)であったり、「『ひとり』にだんだん慣れて」(p.105)くる、それぞれの姿です。そして何より『I Like Me!』「自分が好き」(p.12)と思う華恵さんです。
全体の感想を一言で表せば、本文中の『楽しいんだけど、かなしかった。でも、さいごはおもしろかった』(p.95「はせがわくんきらいや」)とも重なりました。
これまでも、私自身みなさんの作文や読書感想文に親しんで来ましたが、改めて、中学生の「豊かな」感性を読み取りました。
皆さんにも、この華恵さんと同じ感性が育っています。
時に、独りぼっちだと思うことがあるかも知れませんが、友達との何げない言葉のやり取りや先生方との会話から、できれば、お気に入りの「本」も見つけて、この2学期を充実させて下さい。
間近に迫った運動会、本格的な練習も予定される合唱コンクールなど、存分に体験することを望んでいます。2学期の皆さんの活躍を願い式辞とします。

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■□1学期終業式式辞より 平成18年7月20日(木)

 この1学期を振り返ってみると、皆さんの生活では、小さな心配はあったものの、大事につながる事故(・事件)等もなく、終業式の日が迎えられたこと大変嬉しく思います。
さて、この4月始業式で「新しい生活には、新しい自分が似合う」という表現を用いました。
皆さんそれぞれに、この1学期を「新しい生活」と受け止め、それに似合う「新しい自分」をつくってくれたでしょうか。特に、この1学期は、それぞれの学年を代表する大きな行事に取り組みました。
1年生は、中学生になって初めての2泊3日の「宿泊学習」(6.19〜21)、2年生はつい先日になりますが、1週間(7.3〜7)にわたった「社会に学ぶ 14歳の挑戦」、そして3年生は、5.10〜12日にかけての「修学旅行」です。特に3年生の修学旅行は、中学校時代を象徴する行事で、確かな「記憶」のもと、このあとの大切な思い出になるものです。
それぞれ二度と味わうことの出来ない大切なものです。それこそ全力で取り組んだことを思い出して下さい。また、その他の取組も振り返り、確かな見通しをもってこれからの夏休みを迎えて下さい。
只、夏休みがあるから決められているから、過ごすのではありません。
この夏休みは、3年生にとっては義務教育最後の「夏休み」です。1年生も7度目の夏休みでなく、中学校「始めて」のもので、今回を含めても、あと3回を数えるだけと考えて下さい。
そこで、この夏休みに、心懸けて欲しいことをお話しします。
それは、韓国やイギリス、オーストラリアや米国と比べても、中学2年生の「家で宿題等に取り組む」時間がたった1時間で、調査した46カ国22万5千人('03年調査)の中でも、1番短いという「結果」です。
それでは、どんなことに時間を費やしているかと言えば、みんなが予想する通り、それはテレビで「2時間42分」、こちらは「金メダル」世界1の長さです。
また「家の手伝い」は36分で、下から2番目と言う大変残念な結果もあります。(以上「『世界一短い中2の宿題時間』「@デ〜タ」朝日新聞'06.7.16」より)
是非、この夏休みの皆さんの生活では、テレビと机に向かう「時間」が逆転することを願っています。
良き夏休みを期待して式辞とします。

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■□第60回入学式式辞より 平成18年4月7日(金)

(前略)
  新入生291名の皆さん、入学おめでとうございます。
一人ひとりの表情に、中学校への期待そして「意気込み」が読み取れ、私も改めての緊張を感じています。
ただ、皆さんの場合、期待が大きいと同時に「不安」もあるのではないでしょうか。
まず、新1年生の仲間の多さです。「大きな学校」だと、改めて実感していることと思います。
そこで、この「大きな」学校の長所を紹介しながら、皆さんにもその意義を考えてもらいたいと思います。
以前本校にお勤めだった先生は、堀川中学校の長所を次のように表されました。
「学校としての『勢い』をもつ、勢いがある。」です。 この「勢い」は、「個性」ある多くの在校生がつくり出し、君たちもその一員になります。
この中には、スポーツの才能に恵まれた友、楽器が得意な友、勉強ができる友。また、楽しい友、優しい友、真面目な友、厳しい友。そして、いい加減かな、意地悪かなという友達も入ってくるでしょう。
また、多くの大人つまり「先生」にも出会えます。私の場合は、おじいちゃんですが、お母さん、お父さん先生。おじさん、お姉さん先生と。友達以上に多彩な顔ぶれでアメリカ国籍の先生もいらっしゃいます。是非話しかけて下さい。学年の先生でないから、直接教わらないからと遠慮はいりません。「話しかけやすそうだ」で良いのです。廊下や運動場そして職員室などです。本校には職員室が2つあります。どこでも構いません。
つまり、堀川中学校は、3年後に出会う実際の「社会」が、その儘に感じられる場や空間を準備していると言えます。
そして、「勢いがある」そのままを味わうことが出来るのが、部活動や色々な行事です。充実した内容を存分に楽しんで下さい。
ただ、生徒会長は「たった一人」に象徴されるように、特定の場には自ずから限りがあります。
これは、どんな集まり「社会」にも見られます。その役割を担おうと思えば、そのための努力が必要です。誰も準備してくれません、自分で確実に学び取って下さい。
また「大勢」だから、自分一人ぐらいと思うのはあまりに表面的です。それこそ担任の先生は無論のこと、多くの先生方の確かな眼があります。何より、友だちの眼は誤魔化しようがありません。堀川中学校という環境の中で、どこにも通用する「振る舞い」が身に付くことを願っています。
「大きい」ことの良さを、しっかり味わい楽しむよう努力して下さい。
それは、皆さんそれぞれに与えられた「時間」を無駄にしないと言うことです。
それぞれに与えられる時間、例えば1時間という時間は誰もが平等で、ある人に長く他の人に短いということはありません。皆同じです。
「自分だけ」という思いで、勝手に時間を使ってはいけません。
我が儘な時間の使い方は、時に友達が先生などと話し合う「大切な」時間を奪うかも知れないからです。
それぞれの時間を大切にすることは、他の人への思いやりに繋がることを、しっかり心に刻んでおいて下さい。
何者にも代えがたい、掛け替えのない自分を大切にして、堀中で過ごす3年間という貴重な時間を有効に使って下さい。
今日からの中学校生活の一層の充実を願い、式辞とします。

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■□平成18年度1学期始業式式辞より 平成18年4月5日(水)

「立ちどまることも、ひとつの『大きな』動きである」ことを期待した春休み。期待に応えようとした様子が、今一人ひとりの表情に感じ取れ、大変嬉しく思います。
平成18年度のスタートに相応しく、頼もしく感じます。
さて、この3月に、私は小学校の卒業式に出席しました。皆さんの2年前そして1年前の姿です。
小学校の卒業式には欠かせない「喜びの」「門出のことば」の中で、中学生としての「新しい生活」に期待する言葉を聞きました。明るくそして力強く呼び掛けられました。
式場一杯に響き渡る此の「ことば」を聞いた時、私のように中学校にかかわる者としては、身が引き締まるものを感じました。
この言葉を、みなさんも同じ様に響かせたことが想像出来ます。
ところが、この2年そして1年の中学校生活の中で、この「意気込み」が薄れていないでしょうか。

それは、時折、小学生の儘ひょっとするともっと小さい頃の生活に似た言動が、見え隠れするからです。
そしてそれは、僕が、私が悪いんじゃない。あの人の所為なのだと思い込んでいないでしょうか。自分を変えよう、変わろうとする努力を忘れてしまい、その責任を他の人に押しつけていないでしょうか。
家族の人に対しても、これまでとちっとも変わってくれないから、私も変われないのだと、言い訳していないでしょうか。
今年の新入生は、この4月を、自分を変える「チャンス」と受け取めています。誰かが変われば良いなんて思わず、自分を変えようとしています。
良き上級生として、「新入生」に何が出来るのか、手伝えるのかをよく考え行動して下さい。新入生と同じように、この良き機会を生かして下さい。「新しい生活には、新しい自分が」似合います。
入学式の日には、在校生一人ひとりが、心を一つにして新1年生を迎えるんだという気持ちで臨みましょう。
期待を込めて、平成18年度1学期始業式の式辞とします。

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■□修了式 式辞より 平成18年3月24日

 何時も思うのですが、3年生が卒業した後の体育館は、何か物足りなく(頼り無げで)普段より「広く」感じます。
皆さんは、どのような思いで、この修了式に臨んでいるのでしょう。
この1年を振り返る人、それとも、4月からの中堅学年としての2年生、又は最上級学年の3年生として始まる、平成18年度の活躍を思い描いているのでしょうか。何れにしても、心構えを「整える」良い機会になります。
どのように考え・行動するにしても、その歩みは、自分なりの決心そして決定が無ければ始まりません。まず、自分の足下を「しっかり」見つめて下さい。
昨年の修了式にもお話ししましたが、「立ちどまることも、ひとつの『動き』である」(第8回「手帳大賞」大賞受賞作 '04.12.20朝日新聞「広告」)ことを確かめて下さい。今年は「立ちどまることも、ひとつの『大きな』動きである」と『大きな』を付け加えたいと思います。
振り返っても、前進は望め無いとがむしゃらに前へ進もうとしても、これまでを切り離しての「スタート(出発)」は出来ません。一人ひとりの「これまで」を、無くすことは出来ません。同時に、これまでと「違った」自分でなければ、新しい友達や出来事には出会えません。
「立ち止まること」には、コレまでとこれからを見定める「力」が必要です。確実に見据え、新しい学年の1歩を踏み出して下さい。
「目的をしっかり持っていれば、どんなに道が曲がっていても、迷うことはない」(荒 了寛「'04年カレンダー3月」)と言います。
「弛み」でないゆとりを持った言葉と行動で、充実した春休みを過ごして下さい。
日に日に暖かくなり、春を感じる3月、花を咲かせる草木と同じように、皆さんも美しい夢を育て(山下景子著『美人の日本語』3月1日の稿)、実現に向かって欲しいのです。
大きな期待を持って、皆さんの4月の「登校」を待っています。

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■□第59回卒業式式辞 平成18年3月15日(火)

 「平成18年豪雪」の記憶も薄らぎ、草木もいよいよ生い伸びる、このよき日。富山市立堀川中学校「第59回卒業式」が行えること、心から喜んでおります。
ご来賓の皆様方には、ご多用の中、卒業生の門出をお祝い頂き、誠に有り難うございます。たしかに成長した卒業生の姿、これも一重に皆様方の日頃のご支援の賜と、心より感謝しております。本当に有り難うございます。
326名の皆さん、卒業おめでとうございます。
この場から改めて皆さんを見ると、私の場合、どうしても3年前の入学式の光景が蘇ります。古めかしい言葉を使えば「ご縁」、「つながりのある」出会いです。卒業生の皆さんと私は、共に平成15年3月、小学校を卒業しこの堀川中学校に入学した、同期生になります。
私の場合、3年前と比べてもほとんど変わりませんが、皆さんは成長しましたね。
1年の身体測定では、男女ともに身長は150センチ、体重は44キロ台とほとんど差がありません。座高などは、女子の方が0.6センチですが上回る数値でした。
しかし、3年では、男子165.5、女子157.2センチ、体重は男子54.9キロ、女子51.1で、座高も男子が2.1センチ高くなりました。
男子、女子共に成長し大人びました。ご家族の皆様の「お喜び」は如何ほどかと思います。
この式場に揃った、皆さんのそれぞれの姿でその「育ち」は十分確かめられますが、この3年間の皆さん、そして堀川中学校の「成長」を、毎年10月に開催される「県中学校駅伝」で振り返ってみます。
皆さんが入学した、平成15年の堀川中学校の順位は、男子総合11位そして女子20位、友好レースは36位だったと記憶します。
当時の堀中の「実力」がどの程度なのか、私には全く分かりません。この時、応援に出かけた先生方から、この結果は例年の実力と聞きました。ただ、10位に入れば、明日の新聞には大きく掲載されるのにと言う、つぶやきを聞きました。
確かに、翌日の新聞では、それぞれの走者の名前や区間記録等も10位までは載りますが、10位以下は例え11位であっても、学校名と総合順位等だけでした。
そして翌年、平成16年は、男子10位、女子27位、友好31位と、男子については、新聞紙上の扱いも堂々の「大きさ」で嬉しく感じました。
そして今年度は、男子8位、女子6位、友好レースは2位といずれも好成績です。
この駅伝部は、様々の部から出場選手を募り、堀川中学校の「走る力」を結集したものになります。無論、今年の主力メンバーは、卒業生、皆さんの仲間です。
また、スポーツの活躍だけでなく、心の成長が感じられる場面にも出会いました。
それは、今年1月18日から3回にわたって北日本新聞に掲載された、3年生30名余りの投稿文です。「感動」をテーマに国語の授業で取り組まれた作文がそのもとです。
テレビドラマや大きな出来事から「感動」を得たもの。或いは、運動会や読書体験からと、私なりにおよそ10の場面に分けました。
  皆さんはどんな場面からその「感動」を得たのでしょうか。上位3つを紹介します。
まず第3位は、校内合唱コンクールで4人の人が取り上げました。2番目は、先程の「駅伝」を含む部活動で7人の人が。そして1番多かったのは、日常に出会う「自然」や書き手ならではの感性が捉えた日々の「こと」からで9人です。全体のおよそ3分の1を占めます。
それぞれの「感動」を、「感動」という言葉を使わずに巧みに表現します。そして、私が最も共感した文が、この「日常に出会う自然や日々のこと」にありました。
その作文の始めで「自分の吐く息と雪」の色が同じ「白」であること。しかし、同じ白色でありながらその「温かさと冷たさ」を比べます。そしてその吐く息から、今「生きている」ことに気付く心の「様子」が書かれます。
そして、後半の文章です。「学校で学ぶことはたくさんある。しかし、何げない小さな出来事から学ぶことも、それ以上にたくさんあるのだ。」と。感動が伝わりました。
今、学校で「何を学ぶこと」があるのだろうかという、質問が投げかけられることがありますが、この作文はそれに十分答えています。
学校で学ぶものは、先生方や教科書が伝える知識や技能だけでなく、友達の共感や感動からも学べます。特に今回は、教室を越え、新聞「読者」にも届きました。
さて、保護者の皆様方にはお子様方のご卒業、誠におめでとうございます。今、限られたものですが、卒業生の成長の様子を紹介いたしました。
保護者の方々には、これ以上の、それぞれのお子さん方の「成長」を味わっていらっしゃることと思います。
また、この3年の間には、ただハラハラと見守るだけの時期もあったことと思います。しかし、今日の子供たちの姿は、それぞれにたくましい姿を見せています。
この成長は、ひとえに、子供たちの良き相談相手になって頂いた、保護者の方々の温かな励ましや支えがあったからと感謝申し上げます。
これからも、これまで以上にお子様方の心の支えとなり、ご助力頂ければと願っています。そして、この3年間、堀川中学校に注いで頂きました、ご厚情にも感謝致します。本当に有り難うございました。
さて、卒業生の皆さん、「人間は、1日に5万回以上の意思決定をする」(「中学校 平成17年12月号」『新刊紹介』より<日比野省三著『トヨタの思考習慣』講談社>)と言われます。しかし、朝目覚めて「起きようか、どうしようか」、朝食は「簡単に済ませようか、それともいつものように」と、そのほとんどの意思決定は改めての意識のない習慣化されたものです。ですから、そんなことは「意思決定」などには当たらない、と思うかも知れませんが、ただ何となくその儘に続けていけば、時に「生活習慣病」という思わぬ結果を招き、かけがえのない「命」にも関わることになります。
この「意思決定」は、小さい大きいにかかわらずその責任を1人で負うという厳しい内容を含みます。今回皆さんは、進路決定の中で大きな「意思決定」をやり遂げました。
是非、今回の「決定」で味わった経験を、これからの人生に生かして下さい。ただ何げなく過ごすことは、自分の将来を極端に「狭めて」しまうことになります。
それぞれの意思決定が行われる、貴重な1日1日を有意義に過ごして下さい。皆さん自身の「夢」の実現は、いよいよこれからです。
皆さんの今後の健闘を心より祈り、式辞とします。

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■□3学期始業式式辞 平成18年1月10日

明けましておめでとうございます。
「冬休み」そして「お正月」を有意義に過ごしたことと思います。
ただ、「規則正しい生活」を努力目標に掲げる「冬休み」と、それとは相容れない過ごし方にもなった「お正月」との調整は難しいものではなかったかと思いますが、皆さんの表情を見ると上手にやり遂げたようなので安心しています。
私自身の子供の頃は、今のように豊かな社会での暮らしで無かったこともあって、「お正月」は特別な「もの」でした。家族での大掃除を済ませた後、正月用の飾り付けを整えると、普段と違って家の中が華やいで見えたものです。
そして、大晦日には夜遅くの年越しそばや除夜の鐘、元旦、元日には、初詣、お雑煮やおせち料理、お年玉、初売りそして書き初めなどと、何かワクワクすることが続きました。
また、新しいカレンダーの「祝日」を数えることも大きな楽しみでした。学校が休みになる日です。
祝日は現在よりも少なく、祝日と日曜日が重なっても、翌日に休める仕組みにはなっていませんでした。1日でも多くの「祝日」が確かめられると本当に嬉しかったものです。
ただ、年をとった所為でしょうか、このドキドキ感が徐々に小さくなっていくのが残念です。しかし、皆さんには、まだまだ大きな期待の出来る日々が待っています。是非このドキドキ感を存分に味わって欲しいものです。
それでは、どうしてこの「お正月」が心躍るように感じられるのでしょうか。この「正月」つまり1月は、1年の初め(「元」)であること、そして様々な呼び名をもつ特別な月だからと考えます。
例えば、睦月、年初月、初陽、正陽月、月正、太郎月、芳歳等々意味の分かるもの分からないものを含めて50近い呼び名があるそうです。
その中で、「睦月」はよく使われるもので、家族が仲よく親しみ合う、ムツビアウ月という何か微笑ましい様子を表すと聞いています。そして、この「正月」も「正しい」というより、改める、改まる月という意味だそうです。「改まる」、つまり「変わる」月になります。
私が大切にしている言葉に「日々新た」「日に新た」という言葉があります。
毎日変わるんだ、変わっていくんだと言われても、一体何処が変わったんだ、昨日とチッとも変わっていないのではないかと思う毎日の方が、自然とも言えます。
けれども、さすがに1年の月日を数えると「改まる」という期待が湧きあがります。
この良き機会である1月、正月を十分に活かして欲しいと思います。先程の「日々に新し」には、もう少し丁寧な言い方があります。
「まこと(苟)に日に新たに、日々に新たに、又た日に新たなり」(「大学」より)。
「今日の行いは昨日よりも新しくよくなり、明日の行いは今日よりも新しくなるように心懸けなければならない」(諸橋轍次著『中国古典名言事典』より)という意味です。
まずこの後に予定されている、「書き初め」に真剣に取り組んでください。上手・下手を気にせず、自分の今の力を存分に注いで下さい。
今年の学校生活への姿勢を占うものになるでしょう。そして、充実した1日を、又それぞれの良き明日を期待して式辞とします。

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■□2学期始業式式辞より 平成17年9月1日

 お早うございます。
皆さんの元気な様子を見て、大変うれしく思います。
この夏も、東北地方や新潟県に大きな地震があり、また身近なことでは、中学生の水の事故が報道されるなど、決して穏やかな夏休みとは言えないものでした。ですから、皆さんの元気な姿に一層の「安心」を感じています。
終業式にも話しましたが、今年の夏休みは「長く」感じられたでしょうか、それとも「短い」ものだったでしょうか。
私の場合、一つやり遂げたことがあります。それは皆さんも取り組んだ、この「夏休み日記」を毎日書き上げたことです。「ナァ〜ンダ」と言わないで下さい。私の場合は全く自主的なものですから、少し自慢しても良いかなと思います。
さて、「日記」と言うと印象深く思い出すものがあります。森脇瑤子(もりわき ようこ)さんの日記です。
森脇さんといっても、誰も知る人がいないと思います。私もこの瑤子さんの日記を知ったのは3年前で、作家 野坂昭如氏の講義録からです。
「8月5日(日)晴れ 学校 家庭修練日。家庭 起床 6時 就床 21時 学習時間 1時間30分 手伝い 食事の支度 今日は、家庭修練日である。昨日叔父が来たので、家がたいへんにぎやかであった。『いつも、こんなだったらいいなあ』と思う。明日から、家屋疎開の整理だ。一生懸命がんばろうと思う。」(『「終戦日記」を読む』NHKテキスト'02.8~9月期)。夏休みにあたる日付です。どんな人で、どのような状況で書かれた日記なのでしょうか。
野坂の記述を読みます。
「昭和20年、8月5日。広島県立第一高等女学校1年、森脇瑤子さんの日記最終章。高等女学校1年は、今の中1に当る。その1学期を終え、本来なら夏休みに入ったところ。翌6日、家屋疎開の整理作業中、現在、『核弾頭』と、あっさり表され、(中略)アメリカ側のニックネームでは『リトルボーイ』によって殺された。

作業に従事していた、数えでいえば14歳の少女二百数十名。8割が即死、残りの生徒も7日朝までに亡くなった。p7〜8」
 今年2005年は、新聞やテレビで報じられたように敗戦後60年を数えます。古くから60年また60歳は節目の年と言われます。大きく生まれ変わる・還ると言う「還暦」とも名付けられ、意義深い年にあたります。
この日記から、色々な思いが湧きあがります。
森脇瑤子さんは、まさかこの日記を書いた翌日、8月6日に自分の命が絶たれるとは思いもよらなかったことでしょう。ご遺族の方に残されたのはこの日記と、60年経っても変わることの無い8月5日そのままの、あどけない瑤子さんの元気な姿だけです。
皆さんには、現在の平和な時代に生きられることの幸せを確かに感じ取り、改めて命の尊さを、そして掛け代えのない自分を大切に思って欲しいのです。
幸いにも皆さんは、今年2005年の7月21日から8月31日までの42日間、途中で「絶たれる」ことなく、この「夏休みの日記」を綴ることができました。
野坂の文を読み上げ、終わりの言葉とします。
「瑤子さんと同じように、5日で、日記を絶たしめられた犠牲者は数多くいたろう。ぼくは、偶然、目にしたこの日記の、最後の文字、『一生懸命がんばろうと思う』に、胸がつまった。p8」。

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■□1学期終業式式辞 平成17年7月20日

 明日から、「夏休み」が始まります。
1年生には中学校初めての夏休み、3年生には中学校生活最後の「貴重な」夏休みです。また、2年生にとっては部活動などで先頭に立って活躍できる夏休みになります。
さて、今、1年生にとって「初めて」の夏休みと言いましたが、小学校では6回も経験しています。同じように数えれば2年生は7回、3年生は8回です。
そこで、皆さんの今の気持ちを推し量ると、夏休みを思って「ワクワク、ドキドキする」感覚があると同時に、何となく心が弾まないという想いもあるのでは?!と考えます。この何とも言えず表しにくい感想は、何処からやってくるのでしょうか。
私は、「夏休み」が意外に早く終わってしまうことを、みんなが知っているからではないかと考えます。私の実感から言っても、「夏休み」は早く終わってしまいます。
どうして「夏休み」は早く終わるのでしょうか。考えたことがありますか。
私は、或る小説家(藤本義一)の言葉をヒントにしました。「人生は短い。一日は長い。」です。
私はこの「人生」を「夏休み」に変えて、「夏休みは短い。一日は長い。」と読み替えました。
夏休みの1日は本当に長いものです。学校のある日と比べれば、何の制約もなく、何でも出来そうな期待がもてる1日です。でも、何もしないままに過ごせば「長い」1日になってしまいます。
次の日も、次の日もそして次の日も、同じように過ごせば長い1日が積み重なって行きます。そして、夏休みが終わった時の想いは「夏休みは『短い』」です。
何もしなかった、何にも取り組まなかった日々を、どれだけ繋いでみても薄っぺらな感想しか残りません。
どうでしょう。これが私の1つの解釈です。
薄っぺらな夏休みにしないように、長い1日でない、計画がしっかりした「短い」1日を過ごすように努めて下さい。短く過ごす1日を積み上げて夏休みが終わった時には、逆に「長い」夏休みを振り返ることができます。「あんなこともできた、こんなこともやった」という充実感や思い出です。
皆さんが、一所懸命に勉強したり、楽しく遊んだりして良い夏休みにすることを期待しています。
夏休みを充実させるのは皆さん一人ひとりの力です。是非、2学期の始業式の日には、今年の夏休みは「長く」感じたと言えるように、努力して下さい。
終わりに、この「夏休み」は例年、大規模な自然災害や思いもかけない事故が起こります。「怖い」と感じること、「怖いと思ったことを避ける」感覚を十分に働かせ、事件等には出会うことのない、充実した「短い1日」の積み上げを「祈り」式辞とします。

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■□第59回入学式式辞 平成17年4月7日(木)

 (前略)
  新入生309名の皆さん、入学おめでとうございます。一人一人の表情に、中学校生活への期待や意気込みを感じ、頼もしく思います。
ただ、皆さんの今の気持ちを推し量れば、中学生になって色々生活が変わるだろうと思いながらも、確かに実感出来ない不安もあるかと思います。
算数が数学に、図画工作が美術に、家庭科が技術・家庭と教科名が変わり、外国語・英語という新しい教科も学習します。何より、教科毎に担当の先生が変わる実際の様子も気になります。
そんな中で、誰もが中学生になって確かに変わったと感じるのが、その制服姿です。今までそれぞれの好みに任せてあった服装が、同じものになります。誰が見ても堀川中学校の生徒だと分かります。
何か、注目されている様にも感じる姿です。そこで、今日のこの機会に、制服の「効用」について考えます。
皆さんの中には、将来、プロスポーツ選手として、また、あこがれる職業に就きたいという夢をもっている人が多いと思います。それぞれの競技や仕事には、ユニフォームが用意されているものもあります。プロスポーツの場合はすぐに思い浮かびます。また、医師や看護師さんの「白衣」もユニフォームつまり制服です。
この制服・ユニフォームには、3つの働きがあると言われます。
先ず誰もが気付くのが、その「同一性」です。同じ色やデザインがなされていますから、ここから仲間意識を高め、一体感を強めるものとしての働きです。堀川中学校の生徒だけの制服です。
次は「象徴性」です。その形やデザインから、特定の職業やその働きが一目で分かります。例えば、プロスポーツではユニフォームによってその種目が分かります。そのチームの実力を「日本一」だと感じ取ったり、いや「世界一」だということが伝わったりします。ユニフォーム「だけ」に憧れることも起こります。堀川中学校にそのあこがれが集まれば、大変嬉しいことです。
3つ目が、それぞれの行動を「律する」ことです。制服を着て外出した場合、特に意識しなくても、自然に堀川中学校の生徒として行動しようと努めます。
皆さんには、この「同一性」、「象徴性」、自らを「律する」働きをもつ制服と、これからの3年間をしっかりと付き合って欲しいと思います。この制服を着用し、堀川中学校の一員としての「中学生らしい」行動を期待します。
また、この「中学生らしさ」を一言で言うのは難しいですが、例えば、中学校を「大人になる学校」(大村はまさんの言葉)と捉えれば、教科の勉強に限らず、学級会・生徒会等での活動、部活動での活躍、大人に成長するための全ての活動への「努力」がそれに当たります。
「大人」を漢字で書けば、「大きい人」と表します。また、その言葉のもとをさかのぼれば、「おとな」「音無」、つまり「音の無い」静かな様子を表します。確かに「大人しい」と言えば、静かで落ち着いた性格を思います。つまり、子供のような騒がしさで無く「静かに人の話を聴ける人、穏やかに自分の意見が言える人」が大人です。是非、努力して下さい。
  さて、保護者の皆様、お子様方のご入学、誠におめでとう御座います。教職員一同、身の引き締まる思いです。
本校は、昭和22年の開校以来、初代校長南日実先生がお作りになった校訓「明、楽、正」「明るく、楽しく、正しく」のもと、58年の伝統を築き、現在2万人を超える同窓生を数えます。お子様方がこの伝統を担う一員になられたことを共に喜びたいと思います。
ただ、この3年後には、大切な自己選択の時も予定されます。
先程、中学校は「大人になる学校」と表しましたが、中学校での3年間を終えれば、これまでと違い、それぞれに進路が異なります。就職、進学それぞれの「扉」は、ただ希望するからと言って「開く」ものではありません。
それぞれの就職先、進学先も期待をもって生徒たちを待っています。その期待と、子供たち自身の希望が重ならなければ、それぞれの扉は開きません。
この3年間、子供たちの成長を信じ、時に寄り添い、時に見守りながら、子供たちの支えになって頂ければと願っています。よろしくご協力そしてご支援頂ければと思います。
先程、制服の働きでその「同一性」を挙げました。
同じ姿だからといって、制服の中に紛れ込もうとする人がいるかも知れません。制服では覆いきれない個性を育てるのも中学校での生活です。制服を着ていても見えてくる、そして発揮されるそれぞれの個性を、自分自身で是非育てることを期待します。
終わりに、何ものにも代えがたい、掛け替えのない自分を大切にして、これからの中学校生活の充実を願い、式辞とします。
(参照 山下景子著『美人の日本語』幻冬舎刊)

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■□1学期始業式式辞 平成17年4月5日(火)

 皆さんの「登校」を、大きな期待をもって待っていました。ゆとりと緊張のある充実した春休みを過ごしたことと思います。
繰り返しにはなりますが、新3年生にはこの1年、最上級生としての心構えをもって、この堀川中学校の「顔」つまり代表となる活躍を期待します。同じく、新2年生には、中堅学年つまり堀川中学校の中心となって活躍する働きを期待します。
先日の修了式にお話しした通り、今日は、新しい学年の一歩を踏み出す出発の日です。それぞれに、自分自身の足下をしっかりと見つめ、何ものにも換えがたい「自分なり」の目標を見定めて歩み始めて下さい。
さて、修了式で触れた「立ち止まることも、ひとつの『動き』である」という言葉を思い出して下さい。時に焦ってしまい、何かしなければいけないとばかりに、ただただ走り出す人を心配して用意した言葉です。
慌てたり焦ったりしてはいけない、と言う意味だけに受け取られがちですが、様々な場面で大切な働きをする“ひらめき”にも関わると言われます。考えたり、理解したりする時の“ひらめき”です。
立ち止まることが「分かる」ことに繋がるのかと、不思議に思う人もいると思いますが、「理解や“ひらめき”」には、まず「時間がかかるということは確か」だと言われます。それは「分かるということは、分からないことがあって初めて分かる」という仕組みに因るからです。
「ひらめき」は、天から降ってきたり、突然頭に湧き上がったりするものと考えがちですが、「考え抜いた果てに得られるかもしれぬ」ものが「ひらめき」だそうです。
分かっていたはずなのに、忘れてしまったり、もう一度考え直したりしなければならないのは、本当は「分かってはいなかった」のです。
また、私は頭が悪いという言い方をする人がいますが、それは苦労せずに分かりたいという「言い換え」や言い訳で、単に楽に過ごしたいという意味で使っているものです。「自分が分からないこと」を確かめもせずに「分かろう」とすること自体が、無理な注文です。
「物ごとにはなんであれ、熟すための時間が必要なのだ」と言うことから目をそらさずに、まず「分からないこと」は何かを確かめて下さい。
「立ち止まることも、ひとつの『動き』である」とは、自分の考えを熟成させ、最も早く「分かる」近道に繋がることを心に留めて下さい。
時間をかけてじっくり考えながら進んで下さい、そのためには「計画」も必要で大切なものです。
平成17年度の皆さんの確実な活躍を期待して式辞とします。

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■□第58回卒業式式辞 平成17年3月15日

(前略)
  皆さん、ご卒業おめでとうございます。門出を迎えた心の高ぶりが、身体全体に満ち溢れ、一段と頼もしく見えます。
今年度の卒業生を送るにあたって、まず取り上げるのは、「全中」、全日本中学校陸上競技選手権大会での6人の活躍です。
群馬県での決勝レースに出場したのは、女子4×100メートルリレーですから4人の力と言えますが、この全国大会につながる各競技大会では、6人の選手が励まし力を出し合って勝ち上がっていきました。
この6人の力が実を結んだ、平成16年8月25日は忘れることの出来ない日となりました。
そしてこの8月、全国トップレベルの中学生がその技を競い合っていた時、日本中の多くの眼がアテネオリンピックに集まっていました。
近代オリンピックが1896年アテネで開かれて以来、108年ぶりに「ふるさと」に戻った大会です。このアテネで、日本人選手が獲得した16個の金メダルは、1964年の東京大会に並ぶ史上最多タイ。そして37個に及ぶメダルの総数は、史上最高という大きな成果をもたらしました。
多くの感動を与えてくれたことは、繰り返すまでもありませんが、この16個の金メダルのうち、団体競技での金メダルは、体操男子によるもの1個だけです。野球、ソフトボール、シンクロナイズド・スイミングなど期待は大いに高まりましたが、いずれも金メダルには届きませんでした。
この状況を思い起こすと、本校女子リレーチームの「日本一」は大変価値あるものと、改めて感じられます。
この全国制覇については、各方面から多くの祝福を受けましたが、「北日本新聞スポーツ選奨」で頂いた表彰状には、「…厳しい練習を乗り越え培った走力と昨年三位の雪辱を果たした精神力は高く評価されます」と、今回の日本一が「一朝一夕」、つまりわずかな日時で成されたものでないことを、書き表してもらいました。
  惜しくも、全国大会には届かなかったものの、ともに、この堀川中学校のグラウンドで練習を行っていた、外の部活動やそれぞれの活動までも、評価して頂けたように感じ取れ「嬉しく」思いました。
また昨年は、オリンピックでの日本人選手の活躍をも凌駕する場面に、私たちは出会えました。イチロー選手の記録です。
メジャーリーグで、84年間も忘れられていたシスラー選手の記録「257安打」を思い出させ、そしてそれを破ったのです。
イチロー選手は、その心境を率直に語っています。「大リーグの選手の中で、僕は決して(体は)大きくないが、記録を作れた。日本の子供たちだけでなく、みんなに、自分自身の可能性をつぶしてはいけないと言いたい。大きさや強さに対するあこがれが大きすぎて、自身の可能性をつぶしてしまう人が多いが、自分の能力を生かすことで可能性は広がるのだと思います。」と。
野球やスポーツだけのことを、イチロー選手が言っているので無いことは、皆さんにも十分に伝わると思います。
自分には持ち合わせの無い「あこがれ」や「高望」などで、自分の「可能性」を無くしてはいけないと言うことです。
皆さん一人一人の「可能性」、これはそれぞれの「未来」そして「希望」とも言い換えられるものです。
卒業後のこれからの生活では、皆さん自身が「確かに」持っている「可能性」を「広げ」、「高め」ることに力を注いで下さい。皆さんの大いなる健闘を心から祈ります。

(中略)

先程イチロー選手のことをお話ししましたが、この記録達成を知らせた10月3日の新聞では、「中学校駅伝競走大会」についても報じられていました。男子10位入賞、女子27位の成績も立派ですが、これも男女それぞれ8名合わせて16名の力が結集された大きな成果でした。
この大会に出場した駅伝部は特設部ですから、陸上競技部は無論のこと、サッカー、ハンドボール、バスケットボール部など、それこそ堀川中学校の力を集めたものになりました。
またこの「駅伝」の結果以上に、私の目に留まった記事があります。
それは、走り終えた各校の選手に水の入ったコップを配るなどして、大会運営を支えた本校1年陸上部員の活躍を紹介したものです。目立たないものですが、大変嬉しい内容でした。
この3年間、堀川中学校で学びそして様々に経験したこと。友と共に分かち合った感動を、是非これからの生活で思い起こし、そして役立てて下さい。
何ものにも代えがたい、掛け替えのない自分を大切にして、
これからの実り豊かな一歩一歩を、
力強く歩むことを期待して、式辞とします。

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■□3学期始業式式辞 平成17年1月11日

 終業式では『終りよければすべてよし』という言葉を使いました。要は、何事もやり遂げることの大切さを、皆さんと一緒に確認したかったからです。
実は、この諺は日本に古くからあったものでなく、その元は“All's Well That Ends Well”というシェイクスピア劇の題名として知られるものだそうです。
“All's Well That Ends Well”日本の古い言い回しでは『終わりが大事』と言うそうです。
この様に諺の中には、英語の表現がその元になっているものもありますが、それ以上に多いのは、やはり中国の言葉です。
例えば、お正月にふさわしい『一年の計は元旦にあり』は、中国・梁代(六朝の一つ502〜557)のもので『一年の計は春にあり、一日の計は晨(あした)にあり』とされています。
この為、江戸中期では『一日の計(はかりごと)は朝にあり、一年の計は元旦にあり』と表されたそうです。
つまり、一日の始めである朝に、その一日の計画を思い巡らせ、又元日には一年の心積もりをするという意味でしょう。
一日そして一年それぞれの始めの大切さが強調される、合理的な表現で、何事も始めが肝心だと言うことが分かる言葉です。そう言えば『終りよければすべてよし』の異なった表現に『始めよければ終りよし』というものもあります。
また、一日、一年では物足りない人には、こんな諺もあります。『一年の計(はかりこと)は正月にあり一月(げつ)の謀は朔日(ついたち)にあり』 です。改めての説明はいりませんね。
  そして今、平成17年、西暦2005年のカレンダー・暦を眺めると、その一日一日はまだ真っ白で、予定していることなども全てうまくいきそうに感じます。
この光景を、ある作家(吉屋信子)は次のように俳句に表します。「初暦 知らぬ月日は 美しく」。
まだ始まったばかりの、この年の日々は未知の世界で期待出来るものと言うことがしっかり伝わってきます。是非皆さんには、良い色に染めて欲しいものです。
何となく、事に取りかかる、始めるのでなく目当てや目標を持って臨んで下さい。
「富士山に登ろうと心に決めた人だけが富士山に登ったんです。散歩のついでに登った人はひとりもいませんよ」(ジョージ秋山『浮浪雲』)と言うことばもあります。
平成17年は、どこに登ろうとするのか自分なりにしっかり決めて登って下さい。
念のために言いますが、山ではなく自分の目標に向かって進むと言うことです。間違いのないように。
(参照 時田昌瑞著『岩波ことわざ辞典』)

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■□2学期終業式式辞 平成16年12月24日

 (要約)
  『始めることよりも、やり遂げることの方が難しい』ということを皆さんにお伝えしたいと思います。自分なりにやり遂げた人は、充実感があり、まだ挑戦中の人にはその気力が感じられます。現時点でまだ何かをやり遂げようと挑戦していない人は、是非この冬季休業中に目標を立ててください。
お正月は、全ての人にとって共通の新しく改まる時です。それぞれの家庭で、新しい年を迎える準備には、掃除や片付けなどがありますので、積極的に参加してください。
時間だけは平等に誰にでも与えられています。その時間の使い方によって、充実したものとなるかが決まります。充実したものとなるように、この平成16年を振り返り、目標をしっかり見定めて平成17年の新しい年を迎えてください。

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■□2学期始業式式辞 平成16年9月1日

 今年の夏の収穫は、やはりアテネオリンピックでのたくさんの「感動」だったと思います。皆さんは、どんな感動を自分の胸に刻んだでしょうか。
私に感動を与えてくれた言葉は、柔道女子78Kg級 阿武(あんの)教子選手の「三度目の正直」です。
世界選手権四連覇の実力者でありながら過去2度のオリンピックはいずれも初戦敗退。今回のアテネで初めての金メダルになりました。
この「三度目の正直」は、現代では最も親しまれている「ことわざ」と言われていますが、この「ことわざ」からは、「二度あることは三度ある」というものも思い出します。
阿武選手の胸中には、このことわざもあったのではないかと思うと、この大会中は、私たちの想像を超える緊張が全身にあふれていたと思います。
しかし、阿武選手はこの緊張をのりこえて、まさしく自分の力で金メダルを勝ち取りました。そして「2度の厳しい試練があったからこそ、今がある。」とその喜びを語ってくれました。
皆さんもこの2学期は「三度目の正直」の気持ちを忘れずに挑戦してください。
1年生はより中学生らしく、2年生は学校のリーダーとして、3年生は新しい門出の助走準備として「成長する学期」・2学期に臨んでほしいものです。皆さんの活躍を期待します。

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■□第58回入学式式辞 平成16年4月7日(水)

 <前略>
  中学生になったこの時、是非心がけて欲しいことをお話します。
それは、現在97歳で、なおご活躍の大村はまさんの言葉です。長く東京の公立中学校で国語教育に携わられた方です。
「ここは中学校です。小学校は子どもの学校、中学校は大人の学校、−じゃないけれども、大人になる学校です。だから子どもの学校ではいいと言われたことでも中学校のほうではだめっていうことがあるんです。それは中学校の先生が意地悪なのではなくて、大人になってやって悪いことはやめていかないと困るので、そこが大変ちがう。それで、とにかく国語の時間としては、これからは一ぺんでものを聞いてほしい、私の言うことは一ぺんで聞きなさいp30」(大村はま/苅谷剛彦・夏子著『教えることの復権』ちくま新書)
中学校は「大人になる学校」、中学校では「一遍でものを聞いて」ほしいと、私も同じ願いを皆さんに望みます。
[中略]
新入生の皆さんは、今厳粛な気持ちでこの場に臨み、心にそして身体に今の決意を刻んでいると思います。けれども、
  「…新人は初々しい、初心は大切だ。しかし初心は消えやすい。志があっても衰えることがある。…」(朝新「社説」より)とも言います。
この様に、行く手が「消え」そうになったり、「衰え」そうになったりした時こそ、家族の方々と話し合い、先生に相談し、そして新しい友達も含めて励まし合える、充実した中学校生活を願っています。
堀川中学校での生活が、皆さん一人一人の希望や願いが実現する場であることを祈り、期待して式辞とします。

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■□1学期始業式式辞 平成16年4月5日

 皆さん進級おめでとうございます。
新しい気持ちで迎える、平成16年度そして新学期、新鮮な緊張感を素直な気持ちで感じているのではないかと思います。
草木(くさき)が芽吹き、花々が咲き始め命(いのち)の躍動感が伝わる季節です。この自然の変化に加え、人の暮らしにも華やぎを感じるこの時(とき)、最も好まれる季節(とき)です。
或る歌人は、日本の伝統をどのようなものに感じるかの中に、「入学、入園が4月であること」を挙げています。
さて、この平成16年度は、言うまでもなく新3年生にとっては小学校教育以来の義務教育、9ヵ年最後の一年になります。
かけがえの無い大切な一年です。
是非、新入生や新2年生に夢や希望そして勇気を与える活動・活躍をお願いしたいものです。
そして、2年生にとっても大切な一年であることに変わりありません。堀川中学校の中核、要(かなめ)としての活躍を期待します。
ただ「・・・新人は初々しい、初心は大切だ。しかし、初心は消えやすい。志があっても衰えることがある。・・・」と。この通り今日のこの新鮮で張りつめた気持ちを持続することは容易(たやす)いものではありません。
めあてや目的が「消えそうになった時」、「衰えそうになった時」こそ、友達同士で励まし合い、家族と話し合い、そして先生方と相談し合って欲しいのです。
「現状は過去の結果であると同時に、未来への原因でもある。」の通り、今を大切にしなければ「これまでも」そして「これからも」ありません。
これ迄の生き方をしっかり振り返り、これからの行く手を見定めて、毎日を確実に過ごして下さい。
先生方も全力を尽くします。
皆さんへの今年度の期待をこめて式辞とします。

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■□第57回卒業式式辞 平成16年3月16日

     <前 略>
卒業生361名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
今、卒業証書をお渡ししましたが、改めて、皆さんの生年月日に目が留まります。
昭和63、64年そして平成元年の年号です。
「近代」日本の中で、最も長くあった「昭和」が変わる年度に、皆さんは「生」を受けました。
昭和の歴史的意義を語るには、まだまだの感がありますし、日本だけで用いられる元号の変化に意味を見つけるのは困難という議論もありますが、この昭和が変わる時を考えてみました。
この昭和64そして平成元年は、西暦では1989年。
この1989年を100年さかのぼる1889年には、「大日本帝国憲法」所謂「明治憲法」が発布されています。
日本が、ヨーロッパの文明原理である「立憲」主義を取り入れたことを、明らかにした出来事です。
そしてこの100年前の1789年は、フランス「人権宣言」が採択された年です。
「人は生まれながら、自由で平等な権利を持つ」と高らかに宣言されました
また、この100年前の1689年には、イギリスで「権利章典」が制定されました。この法律名を正しく言えば、「王国における人々の権利と自由を宣言し、王の位の受け継ぎを定める法律」と表します。
この100年の、偶然と言える重なりを、或る憲法学者は「3つの89年」と表わしています。
繰り返せば1689年、1789年、1889年です。
この意義を、私は、一般民衆や市民の権利や自由が世界的に広まることと捉えています。
イギリス、ヨーロッパそしてアジアです。
そして皆さんが生を受けた昭和63年、1988年には東ヨーロッパでは民族主義の高まりがあり、昭和64、平成元年の1989年には、「ベルリンの壁」の崩壊、東西冷戦の終結宣言が出されました。
  東西の対立が消え、新しい世界秩序が開かれた時として位置付けられます。「4つの89年」と私は表したいと考えます。
そして、長くあった「昭和」、特にその後半期は縄文時代以来、日本史上最も豊かな時代だと言われます。
ここで言う「豊かさ」は、物質的なモノを強調していますが、本当の豊かさは、心にこそ求められると思います。
この「心の豊かさ」に目が向けられた節目に、皆さんが「生」を受けているとすれば、「豊か」であることの本当の意味を、皆さん自身が考え、一人一人の人生を切り開いて欲しいと願います。
古くから「衣食足りて礼節を知る」と言います。「生活に余裕ができて、はじめて人は礼儀や節度ある行事を知るようになる」と。
モノの豊かさが、時に、心貧しい事件や事故を引き起こしているように見えますが、本来「人間らしい行動」を支えるものが、豊かな時代ではないでしょうか。
皆さんには、心豊かであるためには、どうあればよいかを、しっかりと自分に問いかけて欲しいと思います。

<中 略>
卒業生の皆さん、これからの生活では、より豊かな心の耕しを、期待しています。
ある言葉に、“ Think globally, act locally. ”「地球的規模で考え、日常的次元で行動する」或いは、「地球的規模に立ち、地域に根ざした活動」と訳せます。
日々の暮らしに必要な学びの9年間は、大きな区切りを迎えました。
この後は、立派な社会人としての振る舞いを期待しています。
皆さん、一人一人の健康とより充実した生活を祈念し、式辞といたします。

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■□第57回入学式式辞 平成15年4月8日(火)

<前略>
  新入生327名の皆さん、入学おめでとうございます。真新しい制服が一段と輝き、頼もしさを感じます。
この機会に、皆さんと一緒に味わいたい言葉があります。『初心忘るべからず』です。
能という、世界に類のない演劇を完成させた世阿弥、室町時代に活躍した人物の言葉です。
これは、『ただ、返す返す、初心を忘るべからず』と表されることもあります。この意味は「何としても、習い始めた頃の芸の未熟さや、その時の気持ちを忘れてはいけない」と解釈します。
ここから、この言葉は、「どんなことも、最初の頃の謙虚さや真剣な気持ちを忘れてはいけない」として、「始め」の決意を表す時によく使います。
似た言葉に「初心に返れ」という言葉もありますが、ある作家は「初心に返ってはいけないので、世阿弥が言いたいことは、忘れなければ返らずに済む。未熟な頃に返ってしまっては、何にもならない」と強調します。
この助言も加えて、私は新入生の皆さんに、今、この式場で感じている気持ちを忘れないことを願っています。
今思い、考えていることだけでなく、全身で感じている「緊張や感動」を心に刻み、忘れないことです。
この感動を「始め」として、中学校で学ぶ全てのことを、一つ一つ自分のものにしていって欲しいのです。
次に、中学校の生活で、心掛けて欲しいことをお話しします。それは「聞く」、「聞き分ける」という心構えです。
「話す」、「話し合う」ことと並べて見れば、その意味がより引き立ちます。
小学校では、「話す」、「話し合う」学習や自分を表現する活動に取り組んだことを思い出すでしょう。実は、その時にも聞き、聞き分けていたのです。「話し合い」は、聞き分ける働きを一緒にしなければ成り立ちません。
「話し合う」「聞き分ける」を並べて見ると、「話すと聞く」「合うと分ける」、それぞれ反対の様子を表します。
特に「分ける」は「分かる」。つまり「理解する、判断が持てる」ことにつながります。
確かな知識や行動は、「聞き分ける」力によって身に付くと考えます。是非心掛けて下さい。
さて、保護者の皆様方には、お子様方のご入学、誠におめでとうございます。教職員一同、身の引き締まる思いでおります。
本校は、昭和22年の開校以来、初代校長の南日實先生が、当時の暗い世相を一日も早く無くそうと、校訓「明るく、楽しく、正しく」「明、楽、正」のもと、56年の伝統を築き、現在、2万人を超える同窓生を数えています。
言うまでもなく、この「校訓」の根底には、戦争直後のこともあり、生命、命を尊ぶという大前提があったものと考えます。
お子様方が、この伝統を担う一員となられたことを共に喜びたいと思います。
ただ、ご承知の通り、中学校時代は、様々な変化をともなう青年「前期」の時期に重なります。
誰もが、くぐり抜けなければならないのですが、3年後には自己決定の時も予定されます。
この時、例えば、就職に際してどれだけ内定を頂いても、入社できるのは一社。また、どれだけ入学試験に合格しても、進学できるのは一つの学校だけです。そのための選択、自己決定が必要です。 このような選択も含めて、中学校生活では、色々な場面での選択や自己決定が求められます。
お子様方の中学校生活がより充実し、色々な決定が豊かさを持つように、お子様方に寄り添われお導き頂ければと考えております。 我々教職員も、全力を尽くす所存ですので、よろしくご支援のほどお願い致します。
新入生一人一人の中学校生活が、より充実するものとなることを祈りまた期待して、式辞といたします。

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