学校名
富山市立堀川中学校
所在地
〒939-8081富山県富山市
堀川小泉町一丁目21-15
平成18年度の記録ページです。
TEL:076-424-3646
FAX:076-424-3649

【温故知新】 学校教育の本態 昭和22年寄稿


職員室にある長能倚風の墨書「温故知新」

本校第1職員室校長室側
 今から約60年前に、初代校長・南日 實(なんにち みのる)先生が、富山県へ提出された「学校経営方針について」の中より「富山教育」に掲載されたものを紹介します。
南日 實先生の「学校教育の本態」は8項目から成り、学校教育の要諦について述べられています。
  その中では、いかに時代が変化しようとも、変わることがない人間教育とその本質について、明確に記されています。
また、「開校並に入学式に於ける辞」を掲載しました。明・楽・正(めい・らく・せい)の学校教育目標への思いが伝わってくるようです。
 【温故知新】 〔古きをたずねて新しきを知る〕 昔の事をよく調べ、新しい物事に適応すべき知識・方法を得ること。の意(大辞林より)

    も く じ     

    ■□ 学校教育の本態 初代校長 南日 実
    ■□ 開校並に入学式に於ける辞
    ■□ 初代校長南日実先生のご逝去に捧ぐ


 学校教育の本態
 初代校長 南日 實

1、目 的 の 把 握

 教育制度が改正されたからとあわてふためくのではいけない。教育の目的は制度によって左右されるものではない筈である。
私個人としては日頃考えて居る教育目的に戦前、戦中、戦後を通じて変化はない。シン教育のシンは新でなく真で、本当の教育でなくてはならぬ。新しいものに飛びつく一般日本人の癖をなおしたいものである。
新憲法が出来たからかくあるべきであるというのでは物足りなく思う。少くとも教員である程の人としては、日頃の思想の一部が新憲法なる一つの形式によって表されたことに喜びを感ずるものであってほしい。
形式や手段ではなく、目的をしっかり腹にたたき込むことである。目的が本当に我がものになって居ないと、形式や手段にこだわる場合は歪んだものになってしまい、或は目的を身につけていないための低調さは、効果が低くなる。わがものになっておれば方法手段は機に応じ時に臨んで適切なものが自から生れ出ることによって効果が高まる。

  2、教 育 の 目 的

 真理と平和を求め個性豊かな文化の創造を希うは人間の真の姿である。この姿に向って教育が進められることは当然であり、教育の目的は之より外にあろう筈がない。
戦前に一般文化の向上を目指して科学化なる言葉が流行し、戦争となって、この科学化なる言葉が戦争目的の為のものに限定され歪められた。
引続き敗戦となって民主化なる言葉が流行してきた。この民主化なる言葉も動ともすると一部新興特権者の野望達成の道具に使われて前の科学化なる言葉と同様、一般目的をはなれ歪められつゝあるように思う。
科学化も民主化も言葉こそ違え、その目的は、真理と平和を求め個性豊かな文化の創造を希う人間自然の願に即応して、総てを道理化することであり、筋道を通すということなのである。
民主的国民の真の姿は、筋道の通った、ものの道理のわかる、心の豊かなものである。教育の目的はこの人間の真の姿に向けられるのである。小学校より大学に至るまで一貫不変のものである。中学校では私はこの姿を捉えて、生徒に対して、明るい、楽しい、正しいと云う言葉で表して居る。

   3、自  主  性

 明るい楽しい正しいという目標に向う為に生徒同志は勿論、生徒と先生も全校凡てが互にしっかりと手を握り合って努力することを呼びかけている。これは社会生活の基であって自主的協同性の育成にあるのである。
現在日本国民は永い封建生活の為に急に民主的になることは不可能である。民主的なるものゝ基礎は自主性にあり、真の民主的なるものは自主的協同性の母胎より自然に生れ出るものである。
この母胎のない現在の日本に突然に民主的なものの生れ出ることは絶体になく、形式だけの民主化なものを不自然に作ったのでは、不安定極りないものである。自主性を母胎としない形だけの協同は、民主的とは全く反対の統制統合に外ならない。
封建的なるものは自主的なるものの発育を妨げていたのである。おかみは手前勝手な世話をやきすぎ、国民はおかみに頼らざるを得なくなる所には自主性は生れはしない。子は親に頼りすぎ、親は勝手な親心を主張する所に自主性はその発生を妨げられ或は不必要となる。
何の民主国家ぞ。何の文化国家ぞ。
こゝに教育者なるものゝ喜びの大なると共に、責務の重きを感ずる次第である。
自主独立性の充分な発展を期する時は必然的に周囲の人権を尊重し、周囲と協力する事の必要性が重大となる。封建的に育った日本国民では、縦の道徳は一応の形をもっていたが横の道徳が全然なかったとも言われている。この所謂横の道徳とは協同性である。縦のつながりに頼らざるを得なくさせたのが封建性の結果である。由来日本国民には公徳心が缺けているといわれることは、この横のつながり即ち協同心がないということになるのである。ものの考え方は凡て主のため公のためとなるのである。これ程人間性を偽ったしうちはない。このように従のつながりだけで育って来た国民が、一たんこの縦のつながりが切れるとばらばらに混乱状態に陥ることは当然である。
昔のまゝの鎖国時代ならいざ知らず現代の世界的交流時代に於ては、封建的なる不自然なものの存在は許されよう筈はない。他人の為ではない。凡てが自分の存在を本格的に主張する所に自主的協同が必須の条件となるのである。戦争をも拠棄しての悲願成就は自主性の育成以外に途はないのである。さもなければ他国の属国となるだけである。国家独立確保を目指しての自主性の育成こそ、われ等生き残る者の、直接間接に戦争の犠牲となった幾百萬の霊魂に対する務でもある。

  4、正しいものの考え方

 真の人間性に基礎を置く、筋道の通った、ものの道理のわかる、心の豊かな、人間を目指す時、必要欠くべからざることは、正しいものの考え方の育成である。それにはまず自然に親しみをもつことである。自然から教えられるものこそ明かに正しいものである。人間萬般自然の法則をはなれては存在し得ない。先づ自然に親しみをもたせることである。
自然に親しむということは、何も畑作りばかりではない。山登りばかりでもない。草原に寝ころんで大空をぼんやり眺めることからでもよい。そのうちにはやがて、雲の動きに気をとられもしよう。雲一つなき大空に翔ける鳥を見つけることもあろう。或は道行く時爪さきに転ぶ小石の動きを面白く感ずることもあろう。斯くして先づ自然に親しみをもつ事から、正しい無理のない観察力が養われ、自然への感謝をもち、自然の法則が日常の生活に無理なく適用される事になる。やがては学究者として立つものについては特にこの重要性がある。如何なる学問といえども総ては自然の法則が原理となるもので、その法則の適用の範囲によってその研究的専門部門が分かれるにすぎない。例えば工学の一部門に出てくる或原理なるものは工学的一部門の原理だけに終るものでなく、その拠る所の自然の法則は自然界を支配するものであるから、工学部門の原理はそのまゝ吾等の日常生活に当てはまるものなのである。斯くして或一部門の専門教師が幸に上述の様な即ち自然に親しみをもつ人であるならば、専門的一部門の原理がそのままに日常生活にあてはまる事を知り、授業内容は自から生徒の理解を容易ならしめるものとなり、更に教育の目的を身につけている人であったならば、この様な狭い専門部門の授業を通して人間の教育を完全に遂行し得るもので、この様な教師こそ教育者なのである。僧侶必ずしも宗教家ならずと同じく、教師必ずしも教育家ならずの言葉をよく噛みしめてもらいたい。
あながち現代の青年といわず一般現代人の悩みの主要なる種は、自然との親しみを忘れ自然の観察を怠り自然の法則を忘れて、自然の法則の限られた極小部門への応用即ち人工の結果のみに幻惑されていることに外ならぬ。物事を一般化して、観察、思考、適用するまでに自然の法則を身につけていないからである。

  5、教 育 者 の 姿

 ところで教育者という言葉に捉われ旧来の職業意識の潜在が手伝うと又々教育者の型を造り上げることになる。臭味が出て来る。
人間の真の姿を見極め教育の目的を把握することは、教育者としての骨格が出来ることになるが、日本再建、文化国家建設に精進すべき現在日本を見詰め、われは日本人なる愛国の熱意こそ此の骨格の髄となるべきである。これに人間愛の血を脈打たせ知情意の肉を着け皮を着せて教育者が出来るが、その形態容貌は千差萬別であることは自然で当然である。中味があっての形である。

  6、学校職員の構成

 全職員、教官より小使に至るまで凡てが真に生徒を愛するものでなくてはならぬ。そのためには矢張り教育の目的が身についていなくてはならぬ。自から天職に歓びをもつことにより生徒を愛することになる。
生徒を愛すること、教育の目的が身についていることが主要な問題であって、智能的性格的要素は附随的なものである。真に教育の目的が同化されており、指の先、髪の先にまでもその香りが認められるまでになって居れば、煙草をくゆらし乍らでも、歌を歌い乍らでも、歩き乍らでも、寝ころび乍らでも、教育的効果を表わし得るのである。職員の性格に至っては寧ろ多種多様なることが望ましい。きびしい人、やさしい人、せっかちな人、のんびりした人、皆夫々の性格を通して表現されたものゝ綜合的効果こそ完全に近いものである。
要は教育目的を充分に同化し、常住坐臥自然にその香りを発散するに至るまで職員が努力する事こそ第一要件である。
世はかゝる基礎的要件を抽象論なりとし、所謂具体論と称する形式的末梢的な教授法などを問題にしたがるのであるが、教育目的の同化こそ現在の第一具体問題なのである。

  7、教育方法の主流

 教育方法に型は禁物、型にこだわってはいけないことは繰り返し述べた。結局は方法は無数にあるが、在来の教育方法の主流をなして居ると見られる点に一言触れて見たい。
それは従来の鋳造教育を体得教育にあらためたいのである。
所謂詰込み主義の智育や、べからず主義といわれる徳育は大人の作った型への鋳造作業に過ぎない傾向を持って居た。教育目的を確認して居ないで形式的効果追及が急であったため詰込み主義なる形をとって身につかない物織りを作り、生長する人間の過程を忘れ大人なる一階梯から眺めて大人の好き勝手な型にあてはめようとして、べからず主義なる形をとって青少年を萎縮せしめた。
近時、自発教育が叫ばれているが、要するに外から注入される教育ではなく、内から発して身につける教育であると考えられるが、体得することがその主眼であろう。その方法としてのデスカッションなるものも此の主眼を根底とするものでなければならぬ。デスッカスすること或は協同学習するその方法のみに捉われては何等自発教育とは言えないのであり、体得教育とはならないのである。
自転車をはしらせ、水泳を習得する場合、如何にその理論を理解し得たとしても、それだけでは所謂畳の上の水練である。実際に転倒怪我し、実際に水にむせび溺れる所謂試行錯誤を通して体得し得るものなのである。かくして得た智識こそ身についたものであり、何時如何なる場合でも自在に無意識の中に応用される豊かなものなのである。
試行錯誤については無駄があるとか、大人の過去の経験を若年者に再び低い過程をたどらせる必要がないと云う考え方も或る程度、或る範囲に於てはうなずけることでもある。子供に風を引かせたくないという親心はよくわかる。しかし本当に身についたものにするには体得することが第一である。無計画でなく、生徒の自発的学習を教師が補導的立場にあり乍ら、目的を確把し筋道の通った考え方をする様に指導すべきである。山の頂に登るとき最も容易な道を教えることは、単に頂に達することのみが目的であるならば結構である。場合に依っては歩く必要もなく登山電車に乗れば尚ほ時間的労力的節約が出来もしよう。然しこれは登山経験者である大人が山の頂に於て特殊目的を有する場合に限る。登山路は示さる可きである。一途に頂上目指す少年もあろう。途中の景観をめずる者、わざわざ渓谷の水を掬みに、登る方向に反して降る者もあろう。断崖の花一輪とはらはらさせる者もあろう。これこそ貴い姿、人間性に基く最も大切な姿であろう。この貴い姿を見詰め乍らの指導こそ重要なのである。
教師は労を厭うてはいかん。あせることなく目的を確把し本当の智識、体験を通して身についたものを得せしめる様指導すべきである。これこそ人間性に基づく正しいものゝ考え方の要素となるのである。

8、教 育 の 効 果

 今までに述べた基礎要件を教育基本法なる条文の解釈のみで事足れりとして鵜呑みにし、世の所謂具体案なるものに熱中する事になれば、又候従来の形式的、統制的な空虚なものとなり、真教育をはなれて邪道に陥ることになる。学校の本体をはなれて、講習所、技術練習所となり、教師は巷間歌舞の師匠と選ぶ所がなくなる。
先にものべた現代一般人の悩みの種は、自然に無関心である為に、物事を広く視ることが出来ないで、自然の法則を身につけていない、心の豊かさがないからであるといったが、その原因は又如上の形式的末梢的教育方法に捉われて、形式智的第一なる変則を作ることになり、教科を通じての人間の教育が行われず、真に消化同化されない単なる物知りを作った為である。又形式的効果を誇張する例としては県下第一の学校などと単に上級学校への入学率なる一因素によって学校の優劣を定めるなど、学校の本態をすてた上級学校の予備校化することになるのである。
現代の青年が判断力実行力に缺けるものがあるといわれることも、
従来の形式的教育邪道の効果が今に於てあらわれつつあるのである。
結局は同化されていない智識なるものを持ちすぎている為に、事に当って、ああでもない、こうでもないと、彼等の形式的智識が事の判断の資料とならないのである。智識の数は少くとも、真に同化されているものをもつならば、その原理は凡てに適用される筈なのである。これこそ教養ある者なのである。同化されて居ない物識りは教養外のことなのである。
およそ教育の効果は、機械的製品に於ける一時間の仕事が形なり数になって表われる効果とは全然異り、或る傾向は知り得てもその効果は早急に現われるものではない、個人的にいえば卒業後五年にして、はたまた十年二十年にして現われるものもあろう。或は孫子の代に現われることもあろう。
ましてや民主国家、文化国家の建設に及ぶならば、順調にいっても五十年百年を要するのは当然である。由来形式効果を急ぐ気短かなわれ等日本人にあっては、せめて教育者だけでも、もっと広く遠く視るよう努めたい。男女共学一ケ月にしてその努果を発表しよう、新制半年にしてその効果を報告しよう等とする所に無理があり、形式をあせることになり、教育は邪道に陥ることになる。教育の自由、教育民主化がどこに望めよう。あせることはやめよう。道は遠い。努力しよ う。

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 開校並に入学式に於ける辞

初代校長 南日 實

只今ここに堀川中学校が開かれることになりました。

すべてが真の本来の姿に立戻ろうとあらゆる努力をしている今日におきまして学校の制度も一新せらるる運命を持っていることは当然であります。所謂6・3制に依りまして、富山市立堀川中学校が出来た次第でありますが、戦災地のため御覧の通り富山中学校で間借り住いという状態であります。
この様な制度が変わったとか戦災地であるとかいう事柄は単に形式上のことでありまして、真の意義は今日の不備な条件のもとに生れ出る新しい教育の本態なのであります。
従来の教育観念から全く離れて別個の教育を生み出すことに真の意義があるのであります。表面的な内容の乏しい形式技巧にとらわれた画一的な従来の教育から離れて、はじめて教育にも自由が得られるのであります。筋道の通った、ものの道理のわかる、心の豊かな国民・・・・・・と考えます時に、我等職員一同は重大な責任を感ずると同時に非常な喜びを感ずるのであります。

偖て皆さんお目出度う。
皆さんの元気な明かるい顔を見て嬉しく思います。皆さんは只今開かれました富山市立堀川中学校の第1回入学生であります。皆さんの、私達の市長さん始め、わが堀川中学校に対して何かと御骨折を願っております来賓各位並に先生方の前で、皆さんは只今堀川中学校第1回入学生になったのであります。
皆さんは先生方と一緒になってこの堀川中学校を、明かるい、楽しい、正しい学校、にするよう努めて下さい。
明かるい、楽しい、正しい学校にするには如何にしたらよいでしょうか、それには、互に手をつなぎ合って努力することです。努力すればする程、明かるく、努力すればする程、楽しくなるわけです。皆さんがここに仰ぎみるこの紋章は、わが堀川中学校の紋章です。
夏の日、冬の日、朝に夕に仰ぎみるあの気高い劔岳のふもとに集う皆さんの堀川中学校を表わしているのです。
この紋章のもとに固く固く手をつなぎ合って、明かるい、楽しい、正しい、人となるよう努めて下さい。

(富山市立堀川中学校創立十周年記念誌「ほりかわ」から抜粋)
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 TH会報 第52号 昭和49年6月5日発行 「初代校長 南日実先生のご逝去に捧ぐ」から

 4月22日、堀川中学校初代校長南日実先生ご昇天の訃に接し、深い哀悼の意を捧げます。

  敗戦焦土の中にあって、学制改革が断行され、いわゆる新制中学が誕生いたしましたのは、昭和21年でした。

 「ありし日の南日先生を偲ぶ」

 極度の物資不足に加えて、戦災の地に定められた校地もなく、堀川中学校は、現富山高校の地に、間借り住まいとして発足いたしました。その時の初代校長が、南日実先生でした。先生は、戦前日本領土であった台湾の官立台北大学の戦と同時に故郷へお帰りになっていた先生が、県教委のたっての願いに応じて、官立大学教授の名声をすてて、郷里の一新制中学校長の椅子をおひきうけになりました。
 先生はイギリスのケンブリッジ大学にご留学の経験を生かし、建学の精神を高くかかげ、今も本校生の校歌として親しまれている「わが一日」を作詩されました。またイギリスの学校の紋章のカードをとり入れてご創案になったのが、校旗になっているあの紋章です。なお、堀中教育の中核となっている自主性の精神も、南日先生の教育観から育ったものです。
 堀中を去られてからも、先生は常に堀中初代の校長として、本校の発展にあたたかい見守りをつづけてこられました。
 その後、富山大学の教授となられてからも、3年に一度、創校記念日にお招きし、講話をいただいております。
 敗戦――虚脱――極度の生活難――国家再建――新教育の樹立(義務教育年限の延長)・・・・・・目まぐるしい変遷の中に生まれた新制中学の前途は多難の道でした。私たちの堀川中学は幸いにして、人格高潔な英国紳士風な南日先生を初代校長として、現堀中の基礎が築かれたのです。3年に一度の講話は、生徒たちに深い感銘を与えたものでした。先生の学識教養が、たくまないユーモアとなりウイットに富む話に、生徒らは、いちように、堀中生としての誇りに胸ふるわせたものでした。
 その後健康を害された先生は、昭和44年の創校記念目の講話を最後に、堀中へ足を運ばれることもありませんでした。
ここにかかげますのは、堀中開校並びに入学式におけるおことばの一節です。
「明るい、楽しい、正しい学校にするには、どうしたらよいでしょうか。それには、互いに手をつなぎあって努力することです。努力すればするほど、明るく、努力すればするほど、楽しくなるわけです。皆さんがここに仰ぎみるこの紋章は、わが堀川中学校の紋章です。
 夏の日、冬の日、朝に夕に仰ぎみるあの気高い剣岳のふもとに集う皆さんの堀川中学校を表わしているのです。この紋章のもとに固く固く手をつなぎあって、明るい、楽しい、正しい人となるよう努めて下さい。」  「高野 記」

 「南日先生の葬儀に参列して 3年安井由美子」
 4月24日、堀中初代校長南日実先生の葬儀に参列させていただきました。校長先生、柴原先生、そして生徒会長の石坂卓三さんと、私の4人でした。
 故南日先生は、戦後、富山県公職適格審査委員長から堀中校長となられ、その後、富山高校長、富山大学工学部教授、工学部長を歴任され、昭和46年、勲三等旭日中綬章をいただかれた偉い方だと聞いておりました。しかし、社会的地位や名声に富む先生は、私たちに遠い存在でしかありません。私たちにとって、堀中の初代校長であり、紋章の創案者であり、堀中精神のよりどころである「わが一日」の作詩者としての方が、親しみが湧くのです。一日もお会いしたことのない方ですが、校歌をうたう毎に、先生を身近な方として意識してきました。
 旧家である南日家の、広い庭のあちこちに葬儀参列の人々がひしめいていました。広い家の中に入りきれず、私たちは縁側に立ったまま参列させてもらいました。
 読経はすすみ、香煙のゆらぐ中に先生の大きなお写真がみえました。やせてきびしい表情のお顔でした。英国紳士風の教養を偲ばせる社会のみにくさに同調なさらぬ高潔な人格をしのばせるお顔でした。弔辞が次々に読まれ、私たちの黒沢校長の声も哀調を帯びてきこえてきました。約2時間後正面玄関から先生の棺が運び出されました。その時です。私たちが録音して持っていった佐藤先生の独唱による堀中校歌「わが一日」が流れました。棺の中の先生のお耳に達したでしょうか。みたまよ安かれと祈りました。

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