本校は、昭和34年4月に県立富山工業高等学校大沢野分校として、当時の大沢野中学校内に仮校舎を設け、電気通信課程80名の新入生を迎えて開校しました。
 2年後の昭和36年4月には富山県立大沢野工業高等学校として独立公示され、県下3番目の工業科単独高校となりました。
その後、時代の変遷に伴い、学科の廃止、改編、新設などにより、科学技術の進歩・発展、社会環境や産業構造の変化に柔軟に対応してきました。
この間、旭が丘の学舎に集い、巣立った卒業生は9800余名に上り、県内、国内はもとより、遠く海外でも有意な工業人として活躍しています。
 本校は様々な「ものづくり」に積極的に取り組む工業高等学校として、県内外から注目される学校に成長しました。
また、部活動においても、漕艇部が毎年全国総体や国体で活躍し、数々の入賞実績を残してきました。
しかし、少子化に伴う中学校卒業者の減少や学校の小規模化の中で、平成22年度には新入学生の募集が停止となり、県立富山工業高校と再編統合され、「ものづくり」や部活動等の良き伝統は、新富山工業高校へと受け継がれることになりました。
平成24年3月3日には、500名を超える方々のご臨席を仰いで最後の卒業証書授与式と閉校式を挙行し、同3月31日をもって53年の歴史に幕を下ろしました。
 開校以来、長きにわたってご厚情を賜りました保護者、同窓生、企業や地域の皆様方に心から御礼を申し上げるとともに、本校同窓生への変わらぬご支援をお願い申し上げます。
  

 

  創 造 ・ 至 誠 ・ 進 取


 

        

   校章は、分校からの独立が確実となった昭和35年秋、在校生に校章デザインを募集したところ約50点の応募があり、その後、その作品群を参考にして、富山工業高校の中村昭平教諭により電子軌道を盛り込んだ現校章が図案化されました。動力伝達としての機械に必要な歯車をイメージし、併せて大沢野の「大」の字を表したものです。開校から2年後の昭和36年4月から正式に本校の校章として制定されました。



 

 

  校歌は独立公示された昭和36年、生徒及び先生からの熱望により作詞を富山大学の大島 文雄教授に、作曲を團伊久磨先生に依頼しました。
  大沢野工業高等学校の生徒としてあるべき姿を象徴されたもので「清らかな地で、清らかな心を育み、人の幸せのために、工業技術を駆使できる人間としての真実の道を歩んで欲しい。」という願いが込められています。



                 平成23年4月1日現在   
 
                       ( )内は女子

  機  械 電子機械 電気情報
 3 年 41( 1) 39( 5) 40(22) 120(28)
41( 1) 39( 5) 40(22) 120(28)

                                              



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